小林賢太郎より

ボクらの時代

 何百年ぶりでしょうか、民放に出演させていただきました。フジテレビ「ボクらの時代」という対談番組。共演は、いとうせいこうさんと、バカリズムさん。30分の番組ですが、収録では2時間みっちり本気の笑い論。とても勉強になりました。
 せいこうさんとは知り合ってずいぶん経ちますが、久々にゆっくり話せて嬉しかったなあ。共通言語も多くて、話が本当に面白い。雑学をつまみに、是非呑みに連れ回されたい。
 そしてヒデザル、アトリエと劇場の往復しかしてない僕を、日の当たる場所に連れ出してくれてありがとう。またどこか変な場所で大喜利猿やりましょう。

 僕は、メイキングはあまり観客に見せるものではない、と思ってます。手品はタネを知らないから不思議が成立するわけです。けれど、僕だってかつて沢山の先輩クリエイターの方々のメイキングを見て、刺激を受け、今につながってきている。必要としてくれる人がいるのなら、伝えていってもいいんだな、と思いました。

 さて、現在小林は「P+」にかじりついております。濃いです。特別な作品になると思います。劇場で会いましょう。よろしくお願いいたします。

小林賢太郎

40歳になりました

 思えばここまで「自分は何が好きなのか」ということに真っ正直に生きてきました。

 小学生のときは漫画家になると信じて疑いませんでした。ストーリー作って、ギャグ考えて、学級文庫に並べる同人誌をつくることに没頭してました。

 中学生のときはマジシャンになりたくて、勉強そっちのけで手品の練習に没頭していました。デパートのマジック用品売り場に入り浸り、考えた手品のアイデアを実演販売のおじさんに報告する日々。今思えばうっとうしい子供ですねえ。

 高校生になって、美大受験の為にデッサンに没頭しました。部活は演劇部。やってたのは演劇じゃなくてお笑いだったけど。
 18歳。美大に入って、サークルつくって漫才に没頭しました。芸人になりたくてネタのことしか考えてなかったなあ。教授、すいません…。

 20代はとにかく「ラーメンズ」に没頭しました。買うもの、着るもの、食べるもの、生活のすべてをコントのためになってるかどうかで判断。バカです。
 元演劇部のくせに、演劇「K.K.P.」を始めたのは20代の最後からでした。

 30代。みんなのおかげでTAKEOFFできました。ソロパフォーマンス「ポツネン」と「小林賢太郎テレビ」に没頭。それから初の一人芝居「うるう」と初の海外公演「ポツネン"P"」。挑戦のようで、実は答え合わせだった、そんな経験でした。

 ずっと何かに没頭してきました。絵を描くことも、手品の練習も、コントも演劇も、全部今日まで続いてきています。
 「40までは下積み」そう思ってやってきました。でも実際その歳になった今、僕には学びたいことも、出来るようになりたいことも、まだまだ沢山あります。あれ?ってことは一生下積みなのかな。それでいいです、僕がやるべきことは、常に目の前にあるつくりかけの作品を良くすることだけ。

 これまでと変わらず、上質なエンターテインメントを目指し続けます。よろしくお願いします。

2013年4月17日
小林賢太郎

上へ
前へ