小林賢太郎より

40歳になりました

 思えばここまで「自分は何が好きなのか」ということに真っ正直に生きてきました。

 小学生のときは漫画家になると信じて疑いませんでした。ストーリー作って、ギャグ考えて、学級文庫に並べる同人誌をつくることに没頭してました。

 中学生のときはマジシャンになりたくて、勉強そっちのけで手品の練習に没頭していました。デパートのマジック用品売り場に入り浸り、考えた手品のアイデアを実演販売のおじさんに報告する日々。今思えばうっとうしい子供ですねえ。

 高校生になって、美大受験の為にデッサンに没頭しました。部活は演劇部。やってたのは演劇じゃなくてお笑いだったけど。
 18歳。美大に入って、サークルつくって漫才に没頭しました。芸人になりたくてネタのことしか考えてなかったなあ。教授、すいません…。

 20代はとにかく「ラーメンズ」に没頭しました。買うもの、着るもの、食べるもの、生活のすべてをコントのためになってるかどうかで判断。バカです。
 元演劇部のくせに、演劇「K.K.P.」を始めたのは20代の最後からでした。

 30代。みんなのおかげでTAKEOFFできました。ソロパフォーマンス「ポツネン」と「小林賢太郎テレビ」に没頭。それから初の一人芝居「うるう」と初の海外公演「ポツネン"P"」。挑戦のようで、実は答え合わせだった、そんな経験でした。

 ずっと何かに没頭してきました。絵を描くことも、手品の練習も、コントも演劇も、全部今日まで続いてきています。
 「40までは下積み」そう思ってやってきました。でも実際その歳になった今、僕には学びたいことも、出来るようになりたいことも、まだまだ沢山あります。あれ?ってことは一生下積みなのかな。それでいいです、僕がやるべきことは、常に目の前にあるつくりかけの作品を良くすることだけ。

 これまでと変わらず、上質なエンターテインメントを目指し続けます。よろしくお願いします。

2013年4月17日
小林賢太郎

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